その雑誌を、しまい直さなかった日

「もう旅行なんて無理だ」と思っていた。階段を下りるのさえ怖かった日々。
そんな59歳の男性が、整体との出会いをきっかけに“行けるかもしれない”未来を少しずつ思い描き、やがて本当に歩き出した物語。
しまいっぱなしだった旅行雑誌を、ある日ふと開いたところから始まった──短編小説風・予祝ストーリー。
階段を下りるのが、怖くなった日
59歳。定年まであと少し。
田中浩一さん(仮名)は、地方メーカーの技術開発部で管理職を務めるベテラン理系社員だ。学生時代から真面目一筋、羽目を外すようなこともなく、家族を養い、職責を果たしてきた。
——が、そんな彼をある日ふいに襲ったのが、「膝の痛み」だった。
きっかけは思い当たらない。転んだわけでも、ぶつけたわけでもない。ただ階段を下るとき、右膝にズキッと響くような痛みが生まれた。
それからというもの、階段が憂鬱になった。体重が乗るたびに膝がきしむ。エレベーターを探すようになり、社内ではつい歩き方も不自然になっていった。
「年齢だよな…」と自分に言い聞かせる一方で、なぜか納得できない気持ちもどこかにあった。
机の奥の「旅の名残」
ある晩、資料を整理していた田中さんは、机の引き出しにしまいっぱなしだった雑誌を見つけた。
表紙には「全国・名城百選」と書かれていた。
かつて、休日のたびにお城巡りに出かけていた頃の名残だった。
古いカメラと、フィルムの香り。あの頃は、どこまでも歩けると思っていた——。
雑誌を閉じようとしたそのとき、娘の声が聞こえた。
「お父さん、春休みに京都行こうよ。久しぶりに一緒に写真撮りたい」
嬉しい誘いだったが、素直に「行こう」と言えなかった。
「階段あるからな…」
自分でも驚くほど小さな声で、そうつぶやいていた。
「膝が悪いんじゃないんです」
そんなとき、会社の同僚に紹介されたのが、もとまち整体院だった。
「たぶん、膝そのものからじゃないですよ、その痛みかたは。私自身のときも最初そうでしたけど、筋肉のコリから来てることもありますから」
半信半疑ながら訪れた整体院で、施術者は田中さんの太ももをそっと押さえた。
「ここ、硬いですね。膝の痛み、実はこの辺りの筋肉の緊張が原因かもしれません」
施術は思ったより穏やかだった。
太ももの前と裏、膝裏の筋をゆるめるように、指で静かに圧が加えられていく。
「すぐに劇的に変わるというものではありませんが、“軽くなる感覚”を少しずつ取り戻していきましょう」
この“軽くなる感覚”という言葉が、不思議と胸に残った。
少し先の春を、イメージする
帰宅後、田中さんは引き出しから例の雑誌を取り出した。
閉じるのではなく、開いたのだ。
春の京都特集ページに、赤い付箋を貼った。 「娘と、行くとしたら、ここかな」
それは、旅程を組むというより、“もし行けるなら”という軽い想像。
でも、彼にとっては、そこに向かって何かが動き出す感覚があった。
整体通いは週に1回。
同時に、施術者から教えてもらった体操を朝の身支度前に取り入れた。
洗顔のついでに膝をゆっくり曲げる、椅子からの立ち座りをゆっくり繰り返す。
日々の積み重ねは静かに、しかし確かに、彼の歩き方を変えていった。
「あれ? 痛くないな」
階段を下りるある日、田中さんはふと足を止めた。
「あれ? 今、痛くなかったな…」
ごく自然に足を運べている。
「怖さ」を意識しなかった瞬間に、自分でも驚いた。
そして気づけば、雑誌に貼った付箋のページが、気づけば日程表に書き換わっていた。
雑誌に貼ったあの付箋が、現実に重なる
娘と訪れた京都は、ちょうど桜の見頃だった。
名城の階段を、ゆっくり登っていくと、ふと後ろから娘の声。
「お父さん、先行ってるじゃん」
笑って振り返ると、久しぶりに聞くシャッター音。
「いいね、この感じ」
田中さんは、カメラのファインダー越しに、春を切り取った。
引き出しの奥にしまわれていた雑誌。 その一冊が、春を迎えるきっかけを静かにくれたのかもしれない。
まとめ:
「もう無理だ」と思ったとき、ほんの少しでも「行けるかも」と思えたら、それはきっと小さな第一歩です。
それが確信でなくても、気のせいでもいい。
わずかな希望を拾い上げることで、心に少しずつ明かりが灯っていきます。
痛みの原因を正しく知ることは、今の自分を受け入れることにもつながります。
そして、体の奥に眠っていた“動ける力”を再び呼び起こすためには、焦らず、丁寧に向き合っていくことが大切です。
未来の自分をすこしだけ先取りして、イメージしてみる。
「歩いている」
「笑っている」
「旅を楽しんでいる」
そんな風に描いた自分の姿が、やがて現実に近づいていくかもしれません。
その積み重ねが、人生の風景をふたたび彩り豊かなものに変えていく力になるのだと思います。
※施術効果には個人差があります。
※画像はイメージです。